1963 · Page One
Page OnePage OneJoe Henderson · 1963(1963)はJoe Henderson
Joe Hendersonジョー・ヘンダーソンのBlue Noteデビュー盤だ。「Recorda Me」「Blue Bossa」という2曲のスタンダードを生んだこのアルバムは、Hendersonを一気にシーンの中心へと押し上げた。McCoy TynerのピアノはColtraneとの仕事と並走していた時期だった。
ジョー・ヘンダーソン
リーダー作 8枚、サイドマン参加作 26枚(1963–1997)。それぞれ発表年順に並べています。
1963 · Page One
Page OnePage OneJoe Henderson · 1963(1963)はJoe Henderson
Joe Hendersonジョー・ヘンダーソンのBlue Noteデビュー盤だ。「Recorda Me」「Blue Bossa」という2曲のスタンダードを生んだこのアルバムは、Hendersonを一気にシーンの中心へと押し上げた。McCoy TynerのピアノはColtraneとの仕事と並走していた時期だった。
1964 · The Sidewinder
The SidewinderThe SidewinderLee Morgan · 1964(1963年録音、1964年発売)のタイトル曲は予想外のヒットになった。バンガー的なビートとシンプルなリフが一般リスナーを引きつけ、経営難だったBlue Note Recordsの財政を救ったと言われる。Joe Henderson
Joe Hendersonジョー・ヘンダーソンとのフロントラインはArt Blakey
Art Blakeyアート・ブレイキー門下の精鋭同士だった。
1965 · Inner Urge
1964年の The Sidewinder はリー・モーガン名義のハードバップ盤だが、表題曲がジュークボックスやチャートで跳ね、予想外の商業的ヒットになった。堅実なジャズの一枚がレーベルの屋台骨を支え、以後は似た冒頭曲が量産されたほどだ。硬派なテナーで知られるジョー・ヘンダーソンが、その中心で吹いている。
1966 · Mode for Joe
テナーの巨匠として知られるジョー・ヘンダーソン。だがベースのロン・カーターによれば、録音のたびに曲が2曲、10分ぶん足りず、その場で作曲を頼まれたという。「こっちはLPを作ってるんだ、頼むよジョー」。完成された作曲家という像とは裏腹に、セッションは毎回、足りない尺を仲間が埋めて成り立っていた。
— Statement stmt-ron-carter-on-joe-henderson
1965 · In the Beginning ほか1枚
ブルーノート期、テナー2人の格付けは長くウェイン・ショーターが上とされた。だが同じ現場にいたドラマーのジョー・チェンバースは、こう振り返る——『ジョーとウェインは同格の才能だ。ただジョーのほうがソウルがあった』。過小評価されがちだったジョー・ヘンダーソンを、共演者は並べて見ていた。
— Statement stmt-joe-chambers-on-joe-henderson
1967 · The Real McCoy
マッコイ・タイナーはジョー・ヘンダーソンの音を「誰の音か一発で聴き分けられた」と語っている。『The Real McCoy』(1967)で共演した相手だ。その聴き分けられる音は1982年、ジャズとは別世界のR&Bのアルバムのクレジットにも残っている。
— Statement stmt-mccoy-tyner-on-joe-henderson