1975 · Eastern Rebellion
1961年の Mosaic はアート・ブレイキーの名前で記憶されているが、表題曲を書いたのはリーダーでも管楽器陣でもなく、ピアノ席のシダー・ウォルトンだった。バンド名で棚に並ぶ一枚の芯が、クレジットの小さい活字の側から出ている。
シダー・ウォルトン
リーダー作 3枚、サイドマン参加作 19枚(1959–2021)。それぞれ発表年順に並べています。

Cedar Walton Trio Special Guest Star Clifford Jordan
1974 · Muse Records

Steve Grossman, Cedar Walton, David Williams, Billy Higgins
1986 · Red Record

Essence All Stars, The
1995 · Hip Bop Essence

Kenny Burrell, Ron Carter, Tim Hagans, Craig Handy, Cedar Walton, Lenny White
1995 · Hip Bop Essence
1975 · Eastern Rebellion
1961年の Mosaic はアート・ブレイキーの名前で記憶されているが、表題曲を書いたのはリーダーでも管楽器陣でもなく、ピアノ席のシダー・ウォルトンだった。バンド名で棚に並ぶ一枚の芯が、クレジットの小さい活字の側から出ている。
1961 · Mosaic
Cedar WaltonCedar Waltonシダー・ウォルトンはArt Blakey
Art Blakeyアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズでの活動(1961–64)で名を馳せた。「Mosaic
MosaicArt Blakey · 1961」「Firm Roots」など彼のオリジナル曲はモダン・ジャズのスタンダードとなっている。
— Art Blakey: Jazz Messenger, Leslie Gourse, 2002
1964 · Free for All
1961年、シダー・ウォルトンは自作曲「モザイク」をアート・ブレイキーのジャズ・メッセンジャーズのリハーサルに持ち込んだ。演奏したフレディ・ハバード、カーティス・フラー、ウェイン・ショーターの3人は、ウォルトン本人いわく「コーンフレークでも食うみたいに」曲を平らげ、作曲者本人より上手く弾いてしまった。
— Statement stmt-cedar-walton-on-freddie-hubbard
1966 · Mode for Joe
Mode for JoeMode for JoeJoe Henderson · 1966のタイトル曲はCedar Walton
Cedar Waltonシダー・ウォルトンの作曲だった。モーダルな構造を持つその曲の上で、Joe Henderson
Joe Hendersonジョー・ヘンダーソンは最もトランス的なソロのひとつを展開した。サイドマンが書いた枠組みの中で、リーダーが飛翔する——ジャズの共同作業の本質がここにある。
1968 · Caramba ほか2枚
セダー・ウォルトンが長年組んだドラマー、ビリー・ヒギンズ。その名は数えきれないレコードの小さな活字に並ぶ。だが彼はロサンゼルスのレイマート・パークに『ワールド・ステージ』という場を作り、若いミュージシャンを集めて励ましていた。叩くだけの人ではなかった。
— Statement stmt-cedar-walton-on-billy-higgins-2
1975 · Mobius
1953年に加入したフランク・フォスターは、ベイシー楽団のテナー奏者であると同時に、譜面を書く側でもあった。1955年の「Shiny Stockings」は楽団の定番として残る。April In Paris(1957)やCount Basie At Newport(1957)でサックス・セクションにいた彼は、1984年のベイシー没後、1986年に楽団そのものを率いることになった。