1954 · A Night at Birdland Vol.1
1958年の Moanin' は当初『Art Blakey and the Jazz Messengers』という素っ気ない自己名義盤だった。ところがピアニストのボビー・ティモンズが書いた冒頭曲があまりに親しまれ、レコードごとその曲名で呼ばれるようになった。看板はブレイキーでも、盤の名を決めたのは脇にいた作曲者だった。
アート・ブレイキー
リーダー作 9枚、サイドマン参加作 28枚(1954–2021)。それぞれ発表年順に並べています。
Gigi Gryce Orchestra, The, Gigi Gryce Quartet, The
1956 · Signal (3)
1954 · A Night at Birdland Vol.1
1958年の Moanin' は当初『Art Blakey and the Jazz Messengers』という素っ気ない自己名義盤だった。ところがピアニストのボビー・ティモンズが書いた冒頭曲があまりに親しまれ、レコードごとその曲名で呼ばれるようになった。看板はブレイキーでも、盤の名を決めたのは脇にいた作曲者だった。
1958 · Moanin'
1958年10月にブルーノートで録音された Moanin'Moanin'Art Blakey · 1958 は、ベニー・ゴルソン在籍期メッセンジャーズの最高傑作。タイトル曲はピアニストのボビー・ティモンズが書いたゴスペル調の名曲で、ハードバップを大衆に広めた。
— Blue Note Records: The Biography, Richard Cook, 2003
1961 · Mosaic
Cedar WaltonCedar Waltonシダー・ウォルトンはArt Blakey
Art Blakeyアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズでの活動(1961–64)で名を馳せた。「Mosaic
MosaicArt Blakey · 1961」「Firm Roots」など彼のオリジナル曲はモダン・ジャズのスタンダードとなっている。
— Art Blakey: Jazz Messenger, Leslie Gourse, 2002
1964 · Free for All
Reggie WorkmanReggie Workmanレジー・ワークマンはJimmy Garrison
Jimmy Garrisonジミー・ギャリソンがJohn Coltrane
John Coltraneジョン・コルトレーンの正規ベーシストになる以前、1961年の初期セッションで共演したベーシストだ。以降もWayne Shorter
Wayne Shorterウェイン・ショーターやArt Blakey
Art Blakeyアート・ブレイキーの録音に参加し、前衛ジャズの最前線に立ち続けた。Hub-Tones
Hub-TonesFreddie Hubbard · 1962ではHerbie Hancock
Herbie Hancockハービー・ハンコックと共演した。
1981 · Album of the Year ほか1枚
ウィントン・マルサリスは10代でアート・ブレイキーのバンドに入ったが、当時はブレイキーのレコードすら聴いたことがなく、コードの上でスケールを吹くだけで、ソロが組み立てるものだとも知らなかったと、22歳の時点で認めている。のちにジャズの伝統の番人と見なされる人物の出発点が、これだった。
— Statement stmt-wynton-marsalis-on-art-blakey
1982 · Keystone 3
Mulgrew MillerMulgrew Millerマルグリュー・ミラーはWoody Shaw
Woody Shawウディ・ショウのバンドで頭角を現し、Art Blakey
Art Blakeyアート・ブレイキー's Jazz Messengersへ(1983〜86年)、その後Tony Williams
Tony Williamsトニー・ウィリアムスのアコースティック・クインテットへと活動の場を移した。端正で力強いハード・バップの語法を持ちながら、常に若い世代との共演を求め続けた。Kenny Garrett
Kenny Garrettケニー・ギャレットの多くの録音でも共演した。
— Blue Note Records: The Biography, Richard Cook, 2001