Kind of Blue
カインド・オブ・ブルー
Miles Davis · 1959 · Columbia
参加ミュージシャン
John Coltrane
このアルバムでサックス / テナーサックスを演奏
ハードバップ期の複雑なコード進行を経てきたColtraneにとって、モーダルな広大な空間は新鮮な解放だった。「So What」での彼の即興は、その後の方向性を暗示している。
Bill Evans
このアルバムでピアノ / ライナーノーツ執筆を演奏
Milesは「このアルバムはEvansのピアノを中心に構想した」と語った。Evansが持ち込んだモード感覚が全セッションの基調を決め、裏ジャケットのライナーノーツも彼が執筆した。
Kind of BlueKind of BlueMiles Davis · 1959(1959)はほぼ初見で録音された。Miles
Miles Davisマイルス・デイヴィスは事前に楽曲の骨格だけをメンバーに示し、何を演奏するかは当日まで知らせなかった。Bill Evans
Bill Evansビル・エヴァンスのライナーノーツが、このアルバムの聴き方そのものを定義した。
Wynton KellyWynton Kellyウィントン・ケリーは『Kind of Blue
Kind of BlueMiles Davis · 1959』の「フレディー・フリーローダー」のみに参加し、他のセッションではBill Evans
Bill Evansビル・エヴァンスがピアノを弾いた。ケリーのブルース色の強いフレーズはエヴァンスとは対照的な存在感を放つ。
Kind of BlueKind of BlueMiles Davis · 1959 録音時、Cannonball Adderley
Cannonball Adderleyキャノンボール・アダレイ は Miles Davis
Miles Davisマイルス・デイヴィス が用意したスケッチを当日見せられたと語っている。「Freddie Freeloader」と「All Blues」での歓ばしいブルース感覚は、内省的なコルトレーンと好対照をなした。
Paul ChambersPaul Chambersポール・チェンバース はモダン・ジャズ・ベースにおけるアルコ(弓)奏法の先駆者だった。Kind of Blue
Kind of BlueMiles Davis · 1959 の「So What」冒頭の有名な四度モチーフは、彼とビル・エヴァンスの短いデュエットとして演奏されており、若干24歳でジャズ史を変える音を刻んだ。
Jimmy CobbJimmy Cobbジミー・コブ は Kind of Blue
Kind of BlueMiles Davis · 1959 (1959) の唯一のドラマーで、5曲すべてに参加している。マイルス・クインテットの第一期から第二期へ移行する時期、Philly Joe Jones
Philly Joe Jonesフィリー・ジョー・ジョーンズ の後任として軽やかでスウィンギーなアプローチをもたらした。
ChambersPaul Chambersポール・チェンバースは14枚に参加。'Round About Midnight
'Round About MidnightMiles Davis · 1957からMilestones
MilestonesMiles Davis · 1958、Kind of Blue
Kind of BlueMiles Davis · 1959まで、Milesの1950年代後半を支えたベーシスト。
ウィントン・ケリー、ポール・チェンバース、ジミー・コブ。名うてのトリオを組んだ三人だが、絆は演奏の外にもあった。チェンバースが1969年に世を去ると、ケリーは深酒に沈んでいく。『あいつはポールが大好きだったんだ』とコブは語る。ケリー自身も71年に後を追った。譜面の隅に並ぶ名が、これほど固く結ばれていた。
ジャズの巨匠として知られるコルトレーンだが、1959年のこの録音では別のリーダーのセッションに一介の参加者として加わっただけだった。ところがその後に彼の名声が高まると、盤は『Coltrane Time』と改題されて再発される。脇役として小さな活字に載っていたはずの名前が、いつのまにか表看板へ据え直されていた。
Jimmy Cobbはマイルス・デイビス・セクステットに前任ドラマーの後任として加わったばかりの新顔だった。『Kind of Blue』(1959)のセッションはリハーサルらしいリハーサルもなく、曲の骨組みだけを見ながらほぼ一発録りで進み、それが後に史上最も売れたジャズ・アルバムになった。
Cannonball Adderleyは1955年、教師を辞めニューヨーク大学院で学ぶために上京しただけだった。ある夜、店に立ち寄り飛び入りで吹いたところ客席が沸き、数週間後にはレコード契約が決まり、Julian 'Cannonball' Adderleyとしてデビュー盤を録音していた。
『Kind of Blue』はモード奏法のピアノで知られるが、ブルース調の1曲だけ弾いているのは別のピアニスト、ウィントン・ケリーだ。同じ年、コード進行の難易度で名高いコルトレーンの『Giant Steps』にも彼は参加している。担当したのは複雑な表題曲ではなく、静かな『Naima』一曲だけだった。
登場するNote
一方その頃(1959年前後)