1957 · Way Out West
レイ・ブラウンは2002年に他界したが、2021年作『Deciphering the Message』のクレジットに名を連ねる。この盤は新録ではなく、ブルーノート期の古い録音テープを編集し直して作られており、半世紀前のベース演奏が没後の新譜に紛れ込む形になった。
Ray Brown
リーダー作 0枚、サイドマン参加作 30枚(1954–2021)。それぞれ発表年順に並べています。
Pres Plays With Oscar Peterson Trio, The
1956 · Norgran Records
Ella Fitzgerald & Louis Armstrong
1957 · His Master's Voice
Ella Fitzgerald And Louis Armstrong
1957 · His Master's Voice

Ray Brown . Benny Green, Ahmad Jamal, Geoff Keezer, Dado Moroni, Oscar Peterson, Lewis Nash
1995 · Telarc Jazz
1957 · Way Out West
レイ・ブラウンは2002年に他界したが、2021年作『Deciphering the Message』のクレジットに名を連ねる。この盤は新録ではなく、ブルーノート期の古い録音テープを編集し直して作られており、半世紀前のベース演奏が没後の新譜に紛れ込む形になった。
1995 · Gettin' to It
「レイ・ブラウンはドラムが要らないと思わせる数少ないベーシストだった。ビートがそれくらい強かった」——弟子クリスチャン・マクブライドはそう振り返る。1995年のデビュー作『Gettin' to It』で、彼は師レイ・ブラウンと大先輩ミルト・ヒントンを呼び、三人のベースだけで一曲を成立させた。時の強さで押し切る、ドラム不在の低音三重奏である。
— Statement stmt-christian-mcbride-on-ray-brown
1955 · New Jazz Sounds
Dizzy In Greece(1957)と World Statesman(1956)の題は、旅行気分で付いたものではない。ギレスピーの楽団は1956年に米国務省が文化外交のため海外へ送った最初のジャズ楽団で、この二枚はその派遣事業の副産物にあたる。地名も肩書も、冷戦期の行き先の記録そのものだった。
1956 · Port Of Rico ほか1枚
カウント・ベイシーは自身の名を冠したビッグバンドの顔として知られるが、1956年の『Port Of Rico』では立場が逆転する。自分のバンドを率いる代わりに、他人が率いるオーケストラへピアノだけを持って加わった一枚で、看板を背負う側がこの回だけ脇役に回っている。
1958 · The Genius Of Coleman Hawkins
1958年、コールマン・ホーキンスは自作名義の『The Genius of Coleman Hawkins』と同じ年に、ミュージカル『南太平洋』の当たり役にちなむブルース企画盤『The Original Bloody Mary Sings The Blues』にも吹き込んでいた。ジャズの始祖格が畑違いの企画盤に紛れ込んでいた一枚。
1958 · Ella Fitzgerald At The Opera House ほか1枚
1958年の『Ella Fitzgerald Sings The Duke Ellington Song Book (Volume Two)』は、最後に四部構成の「Portrait of Ella Fitzgerald」を置く。他のソングブックが既存曲の再解釈だったのに対し、ここでは彼女のために新曲が書き下ろされた。ところがその曲は器楽曲で、デューク・エリントン楽団だけが鳴り、エラ・フィッツジェラルドは歌わない。主役が黙る形で幕が閉じる。