In a Silent Way
イン・ア・サイレント・ウェイ
Miles Davis · 1969 · Columbia
参加ミュージシャン
Joe Zawinul
このアルバムでピアノ / エレクトリックピアノ / オルガンを演奏
「In a Silent Way」はZawinulの作曲だが、Milesはスタジオでコードを削ぎ落とし、「コードがメロディーを埋め尽くしていた」と述べた。Zawinulは後にこの改変を好まなかったという。
1969〜70年のMilesのスタジオ実験は、ロックのリズム感覚とジャズの即興を融合させた。Bitches BrewBitches BrewMiles Davis · 1970はMcLaughlin
John McLaughlinジョン・マクラフリン、Corea
Chick Coreaチック・コリア、Hancock
Herbie Hancockハービー・ハンコックら複数のキーボード・ギタリストを同時に重ねた集団即興だった。
In a Silent WayIn a Silent WayMiles Davis · 1969(1969)の表題曲はJoe Zawinul
Joe Zawinulジョー・ザヴィヌルがMiles Davis
Miles Davisマイルス・デイヴィスに持ち込んだ瞑想的なコラールだった。マイルスは原譜のコードを剥ぎ取り、旋律だけを残すことで、ECM以前のECM的サウンドを生んだ。
ShorterWayne Shorterウェイン・ショーターは当サイト収録の21枚に参加。E.S.P.
E.S.P.Miles Davis · 1965からNefertiti
NefertitiMiles Davis · 1968、In a Silent Way
In a Silent WayMiles Davis · 1969まで、Milesの音楽的変遷をサックスとペンで支え続けた。
『ビッチェズ・ブリュー』(1970)でマイルス・デイヴィスのエレクトリック路線が頂点に達したその時期に、リズム隊のチック・コリアとデイヴ・ホランドは、空き時間に始めたトリオを本業にしてバンドを去った。行き先は売れ線のフュージョンではなく、無調寄りの自由な即興集団サークルだった。
電話はハービー本人ではなくトニー・ウィリアムスから。1968年、ボルチモアでの代役依頼だった。チック・コリアがマイルス・デイヴィス楽団の鍵盤に座ったのは、ハービー・ハンコックが来られない一夜の穴埋めとして始まった。その代役がやがて電化マイルスの中心になる。
ビッチェズ・ブリューの低音を弾いたデイヴ・ホランドとチック・コリアは、絶頂のマイルス・デイヴィス楽団を自ら降りた。『マイルスがリズムで別の方向へ行きたがっているのが二人には見えた』——袂を分かった先は電化ではなく、フリー寄りのグループ、サークルだった。
マイルス・デイヴィスの Live-Evil(1971)でチック・コリアが弾いているのは、歪ませた電気ピアノの轟音だ。翌年の Return to Forever では、同じ人が同じ楽器でブラジル風の明るい曲を軽く鳴らしている。難解な方向から客に届く音楽へ本人が意識して舵を切った結果で、落差はわずか1年ぶんしかない。
1969年2月、ジョン・マクラフリンは渡米したばかりで、ニューヨークの現場を何も知らなかった。その月のうちに In a Silent Way のセッションに呼ばれ、ギターを弾いたことがない人間のように弾いてくれ、と注文される。翌年の Bitches Brew では、彼の名前がそのまま曲名になっている。
登場するNote
一方その頃(1969年前後)