1955 · Basie ほか1枚
1957年のCount Basie At Newportで低音を支えていたエディ・ジョーンズは、60年代初めにバンドを離れ、以後の長い年月をIBMの社員として過ごした。1955年のBasieからニューポートまで、ベイシー楽団の要にいた男の本職が、途中から音楽ではなくなる。
Freddie Green
リーダー作 0枚、サイドマン参加作 10枚(1955–1980)。それぞれ発表年順に並べています。
Count Basie, Joe Williams
1956 · Verve Records
1955 · Basie ほか1枚
1957年のCount Basie At Newportで低音を支えていたエディ・ジョーンズは、60年代初めにバンドを離れ、以後の長い年月をIBMの社員として過ごした。1955年のBasieからニューポートまで、ベイシー楽団の要にいた男の本職が、途中から音楽ではなくなる。
1956 · Count Basie And His Band That Swings The Blues
1953年に加入したフランク・フォスターは、ベイシー楽団のテナー奏者であると同時に、譜面を書く側でもあった。1955年の「Shiny Stockings」は楽団の定番として残る。April In Paris(1957)やCount Basie At Newport(1957)でサックス・セクションにいた彼は、1984年のベイシー没後、1986年に楽団そのものを率いることになった。
1957 · Count Basie At Newport
1953年にベイシー楽団のテナー奏者として入ったフランク・ウェスが残したのは、サックスの席ではなくフルートの席だった。当時は大編成には音量が足りないとされた楽器で、彼はダウンビート誌の投票でフルート部門の常連になる。Basie(1955)の分厚いリード陣の内側から、自身名義のFlutes & Reeds(1955)まで、ビッグバンドの楽器編成そのものが書き換わった。
1957 · Basie Rides Again!
カウント・ベイシーは自身の名を冠したビッグバンドの顔として知られるが、1956年の『Port Of Rico』では立場が逆転する。自分のバンドを率いる代わりに、他人が率いるオーケストラへピアノだけを持って加わった一枚で、看板を背負う側がこの回だけ脇役に回っている。