Tales from the Hudson
Michael Brecker · 1996 · Impulse!
収録トラック
参加ミュージシャン
Pat Metheny
このアルバムでギター / コプロデューサー / シンセサイザーを演奏
MethenyはBreckerの要請で2曲に参加し、共同プロデューサーとしてもアルバムに貢献した。彼が参加したトラックでのギター・シンセの使い方は、BreckerのEWIとの音色的対話として際立っている。
MethenyPat Methenyパット・メセニーはBreckerの要請でTales from the Hudson
Tales from the HudsonMichael Brecker · 1996に2曲参加し、共同プロデュースも担当。ギター・シンセとBreckerのEWIによる音色的対話が際立つ。
1980年、ギタリスト、パット・メセニーのECM盤『80/81』はテナーを二本立てた。片方はフュージョンやポップのスタジオ・セッションで鳴らしたマイケル・ブレッカー、もう片方はフリージャズの本流から来たデューイ・レッドマン。畑違いの二人を同じ最前線に並べたのが、この録音の企みだった。
パット・メセニーがマイケル・ブレッカーのテナーを初めて耳にしたのは、ジャズのレコードではなかった。町の大きな交差点を車で走っていると、カーラジオからポップスのヒット曲が流れ、その中にこのテナー吹きがいた。のちに深く共演することになる二人の、最初の出会いは電波越しのポップスだった。
2007年の『Pilgrimage』は、ブレッカーが闘病の末に残した最後の作品だ。ギターで加わったパット・メセニーはこう言った——「今までで一番いい音をしている。この一件を経て、彼の演奏には新しい成分が入った。ひとつひとつの身振りに込める、ある種の真剣さだ」。病は演奏を痩せさせるどころか、深めていた。
1976年のジョニ・ミッチェル『Hejira』にベースで加わったのは、まだ無名に近かったジャコ・パストリアス。同年に自身のデビュー作を出し、ウェザー・リポート加入で世界的に知られる直前だった。前衛的なフレットレス奏法が、フォークの名盤に溶け込んでいる。
デイヴ・ホランドとジャック・ディジョネットが初めて音を出したのは、1967年ロンドンのジャムセッションだった。ホランドは「最初の一拍から完璧だと感じた」と振り返る。1970年の『Bitches Brew』のクレジットに並ぶ二人は、ニューヨークで引き合わされたのではなく、その三年前のロンドンの夜にもう噛み合っていた。
1970年代初頭、マイルス・デイヴィスの電化バンドでドラムを叩いたジャック・デジョネットは、チック・コリアとデイヴ・ホランドの即興は「とことん熱狂的な場所まで行ってしまう」と語った。だがマイルスが演奏に戻ってくると、その混沌は一つにまとまり中心へと戻るという。自由に暴れて見えるバンドの本当の重心は、マイルス自身だった。
1980年の『80/81』でマイケル・ブレッカーが吹いた相手は、フリー・ジャズ側のデューイ・レッドマンとチャーリー・ヘイデンだった。当時の彼はニューヨークで最も忙しいスタジオ・サックス奏者で、フュージョンの人と見られていた。曲はすべてパット・メセニーが書いている。
ドン・アライアスは1970年の『Bitches Brew』にパーカッション要員として呼ばれたが、"Miles Runs the Voodoo Down" ではドラムセットに座っている。あのニューオーリンズ風のビートは彼のアイデアで、リーダーにそのまま叩けと言われたからだ。
登場するEpisode
一方その頃(1996年前後)