Amandla
Miles Davis · 1989 · Warner Bros.
参加ミュージシャン
Omar Hakim準備中
このアルバムでドラムスを演奏
Rick Margitza準備中
このアルバムでサックスを演奏
Joe Sample準備中
このアルバムでピアノを演奏
Ricky Wellman準備中
このアルバムでドラムスを演奏
Kenny GarrettKenny Garrettケニー・ギャレットは1987年からMiles Davis
Miles Davisマイルス・デイヴィスのラスト・バンドに加わり、1991年のMilesの死まで在籍した。Amandla
AmandlaMiles Davis · 1989(1989)はその時期の重要な証言だ。Miles死後、Garrettは独自のリーダーキャリアを築き、コルトレーンへのトリビュート盤など多くの名作を残した。
1987年、20歳のベーシストCharnett Moffettが出したデビュー作《Net Man》は、父のCharles Moffettと兄弟のCody Moffettが揃う一家総出のセッションだった。そこにベテランドラマーAl Fosterも名を連ね、若手の初仕事は家族の集まりのような現場になった。
ケニー・ガレットはマイルス・デイヴィスのバンドに5年半在籍したが、演奏の合図を言葉で受け取ったことは一度もなかったという。マイルスが吹いたフレーズを、ガレットがそのまま吹き返す——このコール&レスポンスは指示ではなく、ステージ上で交わされる音だけから生まれていた。
1969年のセッションに Don Alias が呼ばれたのは打楽器要員としてだった。ところが "Miles Runs the Voodoo Down" では、彼が持ち込んだニューオーリンズ風のビートを再現できるのが本人しかおらず、そのままドラムセットに座ることになる。1970年の Bitches Brew で一番知られたグルーヴを刻んでいるのは、名簿では打楽器の欄にいる男だ。
1989年の『Amandla』はマイルス・デイヴィス名義だが、曲の大半を書き、プロデュースし、ベースだけでなくキーボードやバスクラリネットまで重ねたのはマーカス・ミラーだった。80年代前半に一時バンドのベーシストだった男が、晩年のマイルスのサウンドそのものを設計する側に回っている。
1987年、チャーネット・モフェットは自己名義の初リーダー作『Net Man』を発表した。だがその2年前、彼はまだ17歳でモダンジャズの名盤『Black Codes』に参加済みだった。初リーダー作は父チャールズ・モフェット、兄コディ・モフェットとの家族編成に、パーカッションのミノ・シネルーを加えたセッションになった。
パーカッション奏者パウリーニョ・ダ・コスタは、史上最も売れたポップ・アルバムのひとつ『スリラー』の陰の演奏者である。同じ手が1989年、マイルス・デイヴィスの『Amandla』にも参加していた。ポップの頂点とジャズの実験、両方の現場に同じ奏者が座っていた。
一方その頃(1989年前後)
All Strings Attached
Tal Farlow, John Abercrombie, Larry Carlton, Larry Coryell, John Scofield, John Patitucci & Billy Hart · 1989
Brilliant Corners
James Spaulding, Wallace Roney, Ron Carter, Kenny Washington, Mulgrew Miller · 1989
Chick Corea Akoustic Band
Chick Corea Akoustic Band · 1989
Extensions
Dave Holland · 1989
First Flight
Crystal Eagle · 1989