Kelly Blue
Wynton Kelly
1959 · Riverside
参加ミュージシャン
Wes Montgomery準備中
このアルバムでギターを演奏
Bobby Jaspar準備中
このアルバムでテナーサックス / フルートを演奏
ウィントン・ケリー、ポール・チェンバース、ジミー・コブ。名うてのトリオを組んだ三人だが、絆は演奏の外にもあった。チェンバースが1969年に世を去ると、ケリーは深酒に沈んでいく。『あいつはポールが大好きだったんだ』とコブは語る。ケリー自身も71年に後を追った。譜面の隅に並ぶ名が、これほど固く結ばれていた。
Jimmy Cobbはマイルス・デイビス・セクステットに前任ドラマーの後任として加わったばかりの新顔だった。『Kind of Blue』(1959)のセッションはリハーサルらしいリハーサルもなく、曲の骨組みだけを見ながらほぼ一発録りで進み、それが後に史上最も売れたジャズ・アルバムになった。
『Kind of Blue』はモード奏法のピアノで知られるが、ブルース調の1曲だけ弾いているのは別のピアニスト、ウィントン・ケリーだ。同じ年、コード進行の難易度で名高いコルトレーンの『Giant Steps』にも彼は参加している。担当したのは複雑な表題曲ではなく、静かな『Naima』一曲だけだった。
1958年、ジャズ・メッセンジャーズを立て直すために呼ばれたベニー・ゴルソンは、ピアノにボビー・ティモンズら新メンバーを集め、Moanin' の収録曲の多くを書いた。ところがアルバムの顔になったのは、自分が連れてきたティモンズの表題曲だった。ゴルソン自身は半年ほどで抜けている。
1955年6月、フロリダから出てきたばかりのアルト奏者がカフェ・ボヘミアに飛び入りし、数週間で騒ぎになった。その夏に吹き込まれた Bohemia After Dark はドラマー名義のセッション盤で、キャノンボール・アダレイの出発点は自身のリーダー作ではなくここにある。この盤にも、弟のナット・アダレイがコルネットで入っている。
一方その頃(1959年前後)