1956 · World Statesman ほか3枚
Dizzy In Greece(1957)と World Statesman(1956)の題は、旅行気分で付いたものではない。ギレスピーの楽団は1956年に米国務省が文化外交のため海外へ送った最初のジャズ楽団で、この二枚はその派遣事業の副産物にあたる。地名も肩書も、冷戦期の行き先の記録そのものだった。
ディジー・ガレスピー
リーダー作 5枚、サイドマン参加作 16枚(1951–2000)。それぞれ発表年順に並べています。
Red Norvo, Flip Phillips, Teddy Wilson, Dizzy Gillespie, Charlie Parker, Slam Stewart
1951 · Dial Records (3)
Charlie Christian / Dizzy Gillespie
1957 · Esoteric (2)
Stan Getz, Dizzy Gillespie, Coleman Hawkins, Paul Gonsalves, Wynton Kelly, J.C. Heard, Wendell Marshall
1958 · Verve Records
1956 · World Statesman ほか3枚
Dizzy In Greece(1957)と World Statesman(1956)の題は、旅行気分で付いたものではない。ギレスピーの楽団は1956年に米国務省が文化外交のため海外へ送った最初のジャズ楽団で、この二枚はその派遣事業の副産物にあたる。地名も肩書も、冷戦期の行き先の記録そのものだった。
1958 · Dizzy At Home And Abroad ほか2枚
パーシー・ヒースはモダン・ジャズ・カルテットの通奏低音として知られるベーシストだが、音楽の前にタスキーギ・エアメンの一員として戦闘機パイロット訓練を受けていた。第二次大戦が終わり出撃のないまま除隊し、帰郷後に兄弟の勧めでベースを手にした人物が、1954年の『Roses Of Picardy』のセッションに名を連ねている。
1957 · Jazz Immortal - After Hours Monroe's Harlem Mintons
1941年、ハーレムのミントンズで新しいリズムが組み上がっていた頃、その部屋を録っていたのはレーベルではなく円盤カッターを持ち込んだ一人の客だった。ハウス・ドラマー Kenny Clarke の当時の音が残るのは、その素人録音が16年後に Jazz Immortal - After Hours Monroe's Harlem Mintons として出たからだ。
1958 · Sittin' In
1958年、コールマン・ホーキンスは自作名義の『The Genius of Coleman Hawkins』と同じ年に、ミュージカル『南太平洋』の当たり役にちなむブルース企画盤『The Original Bloody Mary Sings The Blues』にも吹き込んでいた。ジャズの始祖格が畑違いの企画盤に紛れ込んでいた一枚。
2000 · The Complete JATP Performances
1958年の『Ella Fitzgerald Sings The Duke Ellington Song Book (Volume Two)』は、最後に四部構成の「Portrait of Ella Fitzgerald」を置く。他のソングブックが既存曲の再解釈だったのに対し、ここでは彼女のために新曲が書き下ろされた。ところがその曲は器楽曲で、デューク・エリントン楽団だけが鳴り、エラ・フィッツジェラルドは歌わない。主役が黙る形で幕が閉じる。