80/81
Pat Metheny · 1980 · ECM
参加ミュージシャン
Michael BreckerMichael BreckerMichael Brecker · 1987は約900枚の録音に参加した。ジャズのみならず、ポップ・ロックのセッションでも「呼ばれるサックス」だった。Pat Metheny
Pat Methenyパット・メセニーの80/81
80/81Pat Metheny · 1980(1980)に参加し、初リーダー作は1987年。2007年、白血病で57歳の生涯を閉じた。生前にグラミー賞を15回受賞している。
1980年の 80/8180/81Pat Metheny · 1980 で Pat Metheny
Pat Methenyパット・メセニー は Michael Brecker
Michael Breckerマイケル・ブレッカー・デューイ・レッドマン・チャーリー・ヘイデン・Jack DeJohnette
Jack DeJohnetteジャック・ディジョネット という強力な編成を集めた。長尺即興の二枚組はメセニー・グループの「明るい」イメージを脱した名作。
1980年、ギタリスト、パット・メセニーのECM盤『80/81』はテナーを二本立てた。片方はフュージョンやポップのスタジオ・セッションで鳴らしたマイケル・ブレッカー、もう片方はフリージャズの本流から来たデューイ・レッドマン。畑違いの二人を同じ最前線に並べたのが、この録音の企みだった。
パット・メセニーがマイケル・ブレッカーのテナーを初めて耳にしたのは、ジャズのレコードではなかった。町の大きな交差点を車で走っていると、カーラジオからポップスのヒット曲が流れ、その中にこのテナー吹きがいた。のちに深く共演することになる二人の、最初の出会いは電波越しのポップスだった。
2007年の『Pilgrimage』は、ブレッカーが闘病の末に残した最後の作品だ。ギターで加わったパット・メセニーはこう言った——「今までで一番いい音をしている。この一件を経て、彼の演奏には新しい成分が入った。ひとつひとつの身振りに込める、ある種の真剣さだ」。病は演奏を痩せさせるどころか、深めていた。
このデータベースでデューイ・レッドマンの名が刻まれるのは、1980年のパット・メセニー『80/81』ただ一枚だけ。息子で、後に自身も名テナー奏者となるジョシュア・レッドマンは、父がソロを吹き始めると「自分の演奏はテレビゲームの音楽みたいに聞こえた」と語っている。
1980年の『80/81』でマイケル・ブレッカーが吹いた相手は、フリー・ジャズ側のデューイ・レッドマンとチャーリー・ヘイデンだった。当時の彼はニューヨークで最も忙しいスタジオ・サックス奏者で、フュージョンの人と見られていた。曲はすべてパット・メセニーが書いている。
マイケル・ブレッカーはポップスの現場でも引っ張りだこの名手として十年以上セッションを渡り歩いたが、自分の名前だけを掲げたアルバムは1987年、40歳を前にしてようやく一枚目が出た。その初リーダー作に招かれたベーシストがチャーリー・ヘイデンだった。
登場するEpisode
一方その頃(1980年前後)