雨と、
ピアノと、
放課後の温度
高校の図書室、放課後。窓の外は雨。吹奏楽部の練習の音がいつもより遠い。ユイとソウタが窓際の席で、片耳ずつイヤホンを分けている。
ユイ 「今日なに聴いてるの」
ソウタ 「Evans。こういう日はEvansにしてる」
ユイ 「なんで天気で決めるの」
ソウタ 「雨の音とEvansのピアノって、リズムが似てるんだよ。均等じゃないけど、止まらない。これ」
Waltz for Debby
Bill Evans Trio — Waltz for Debby (1961)
ソウタがイヤホンの音量を少し上げる。ピアノの音が、雨の音と重なる。
ユイ 「…あ、ほんとだ。なんかぽつぽつしてる。きれい」
ソウタ 「でしょ。この曲、Evans自身の姪っ子のために書いたらしい。だから柔らかいんだと思う」
ソウタは窓の外を見ながら続けた。
ソウタ 「YOASOBIの『夜に駆ける』のイントロ聴いたとき、同じ気持ちになるんだよね。べつに似てるとかじゃなくて」
ユイ 「鍵盤が転がる感じが近い、かも」
ソウタ 「で、同じトリオなのにこっち聴くと全然違う顔してるんだよ」
Nardis
Bill Evans Trio — Explorations (1961)
曲が変わった瞬間、ユイの表情が変わった。
ユイ 「え。暗い。さっきと同じ人?」
ソウタ 「同じ3人。で、ベースのScott Lafaro ↗って人がさ、さっきのWaltzのときは控えめだったのに、こっちではピアノと対等に殴り合ってるの」
ユイ 「あー、吹奏楽で言うとチューバが急にソロ取り始める感じ?」
ソウタ 「たぶんそう。で、それを許してるEvansもすごいんだけど」
ソウタが少し黙った。
ソウタ 「この人、この録音のあと事故で亡くなっちゃうんだよね。25歳で」
ユイ 「…25」
しばらく2人とも黙って聴いている。窓の雨が静かになってきた。遠くで吹奏楽部がチューニングを始める音がする。
···ソウタ 「で、このEvansが別のバンドにいたときの音が、またぜんぜん違くて」
Blue in Green
Miles Davis — Kind of Blue (1959)
ソウタ 「Miles Davis ↗のバンドにいたときのEvans。ここでは自分の色を出すんじゃなくて、Milesの『間』に溶け込んでる。この曲、実はEvansが書いたって説もあるんだけど」
ユイ 「同じ人が、場所によって全然違う弾き方するんだ」
ソウタ 「そう。人って、一緒にいる相手で変わるじゃん。音楽もそれと同じ」
チャイムが鳴る。図書室の蛍光灯がひとつ、かちっと点く。2人ともイヤホンを外さない。雨はまだ降っている。
Bill Evans
piano — ピアノの詩人。リリシズムの極致